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fjdkqxcwn@gmail.com

 投稿者:時計 カルチェ  投稿日:2013年10月23日(水)02時33分46秒
  キーケース カルティエ 時計 カルチェ http://www.9388jy.com/3針(時、分、秒)-74jv-12.html

http://www.9388jy.com/3針(時、分、秒)-74jv-12.html

 
 

 本当の大晦日

 投稿者:自適  投稿日:2009年12月31日(木)16時22分2秒
    本当の大晦日
                        21・12・31

・・・「伊邪那岐命」の禊からは、「素戔鳴尊」より先に、左目から「天照大神(昼の世界を治める働き)」が生まれ、右目からは「月調命(夜の世界を治める働き)」が生まれた事に成っている。「天照大神(昼の世界を治める働き)」とは、人間の「視覚」の働きを意味しており、「月調命(夜の世界を治める働き)」とは、人間の「聴覚(耳・膚)」の働きを意味している。そして、鼻から生まれた「素戔鳴尊」の働きは、人間の「臭覚」の働きを意味しているのであろう。

何故なら、臭覚神経を切除すれば味覚は消えてしまい、舌は、ただ甘いか、辛いか、渋いかを感知するだけで、美味しい・旨いの感覚を感じなく成るからである。だから、食べ物の神である、熊野大社の祭神の「神祖熊野大神櫛御氣の命・かむろぎくまのおおかみくしみけぬのみこと」は「素戔鳴尊」の別名であり、其の子供の「保食神・うけもちのかみ(受け餅の神)」や、「稲荷神・いなり」や、外宮の「豊受神・とようけのかみ」は皆、食べ物の「気・ケ」なのである。

だとすれば、確かに、天皇家の神が「御饌殿神・みけどののかみ」で、台所の「食べ物・みけ」である理・ことの意味も理解できて来る。其れに、竈・かまどの神である「荒神様・こうじんさま」も「素戔鳴尊」であるとされている。
其れと、出雲の「熊野大社」が受け取る餅(うけもちのかみ)は、「出雲大社(杵築大社・杵で餅を搗く社)」で搗いた餅が、運ばれる物である。
「熊野大社・受餅の儀式」
http://moon.ap.teacup.com/applet/20051112/200603/archive

日本で、何故、年の暮れに「煤払い」の行事が行われるかを考えると、ユダヤ民族の風習で「過ぎ越しの祭り・Passover・パスオーバー」に食べる、「マッツオー 」と言う「種なしパン」を作る為に、屋内の菌類(麹菌)を全部、屋外に払い出す為に始まった風習・行事なのであろう。其の様に考えると、日本の気候は雨が多いので、小麦が育ち難く、稲作が合っているので、パンが餅に変ったのであろう。
そして、「過ぎ越しの祭り・Passover・パスオーバー」の「パス オーバー」の言葉こそ、大晦日の言葉の概念の始まりなのではないだろうか。其れに、「みそか」の日本語は、「密か・みそか(ひそやかだ・内緒だ)」との意味なので、ユダヤ文化の「過ぎ越しの祭り」の雰囲気にも、日本の「大晦日」や「新嘗祭」等の「宵宮祭」の様子にも合っている。・・・・

前文 http://green.ap.teacup.com/20060818/1389.html
 

 正しい日本語を

 投稿者:礒邉自適  投稿日:2009年11月12日(木)16時40分23秒
     正しい日本語を

                        21・11・11
今日は21年11月11日で、1が5つ並んでいる。其の日に、何が告げられて来るかと楽しみにしていたら、「正しい日本語を世界の共通語・概念にしろ」との意味が、明け方に伝えられて来た。

昨夜は、雷が落ち始めたので、11時前に宿舎に帰り、シャワーを浴びてベッドに入って目を閉じて居ると、「宮本・みやもと」との名前が現れて来た。「宮・グウ」も「本・ホン」も漢字なので、日本語の「みやもと」には別の意味が有るのだろう。
古語辞典で調べると、次の様に載っている。
[みや]は、「み」は「御」で接頭語。「や」は「屋」で家屋の意味。
「御屋・みや」①神のいる御殿。神社。神をうやまっていう。②天皇の御殿。皇居。御所。天皇をうやまっていう。③皇后。中宮。皇太子。皇女。など。皇族の住居。
[もと]は、「下・本・元」みなもと。ねもと。基礎。よりどころ。原因。始まり。

此の説明に拠ると「宮本・みやもと」とは「御屋本・みやもと」と書かなければ成らない様である。漢字の「宮本(グウホン)」の「宮」は部屋が複数有る建物の象形で、「本」は木の根の意味であるので、日本語の「神のいる御殿」の意味は無い様である。

昨夜、何故、眠る前に「みやもと」との言葉が告げられて来たかを考えると、昨日の「シヴァ神」に関係が有り、シヴァの住まいが、何処であるかを、考えろとの事ではないだろうか。

今朝、日本語の正しい意味を考えろとのメッセージが有ったので、昨日の「秋刀魚・さんま」の事を考えて見た。「秋・禾火亀」は「トキ」と読む事は間違い無いが、「刀(トウ)・かたな」は「太刀・たち」とも読み、「つるぎ」の意味も有る。其の読み方だと、確かに「秋刀」は「トキたち」とも読めるのである。

さて、今朝のメッセージの映像は、先ず左側の方に、太陽光を一杯に受けている、木の葉が一枚現れて来た。其の木の葉は、屋久島に澤山生えている「赤芽柏・あかめかしは」の様な葉で、緑色の葉の真中辺りには、紅色の粒が撒かれている様にキラキラ輝いていて、とても美しい物であった。

そして場面が変わり、右側の方の薄暗い中に、木肌か人間の皮膚の様な物が現れて、其の肌が、雑菌に侵されて、彼方此方に穴ぼこが空いて行く場面が映された。其れは、癌細胞に侵されて行く、人間の肌をイメージさせるモノが有った。

其の左右の映像は、太陽の光に満ちた樹木の梢の葉の世界と、地面に倒れて朽ちて行く老木の幹の世界を、対比している様な感じがする。其れは、森の仕組みを意味しているのか、人間の生き方を示唆して来ているのか良く判らない。

今朝は「正しい日本語」と告げられた後に、「靴下・くつした」との単語が、一言告げられて来た。其れは、日本語として正しいのか、間違っているのかを、私に考えろとの事ではないだろうか。「手袋・てぶくろ(ミトン・ミット・グローブ)」の方は、日本語に合っていると想われるが、「靴下」の方は合っているのかどうかは、私には判らない。
「靴下」は、英語では「ソックス・sooks」だろうが、其の英語「sooks」の語源は解らないし、日本語で正確に言うなら「西洋足袋」と言うべきであろう。「西洋足袋・ソックス」であれば、「手袋・グローブ」と対で有り、うまく合う事に成る。
だとすれば、日本で開発された、五本指のソックスは、英語では何と呼んでいるのであろうか。「ジャパンソックス」であろうか、其れとも「5本指ソックス」の意味で「フィンガーソックス」とでも呼ぶのであろうか。其れとも、「ジャパンたび」とでも、日本人が名付けなければ成らないのであろうか。

物の名詞は、日本語の「寿司・スシ」や「豆腐・トウフ」を、英語でも「sushi・スシ」「tofu・トウフ」と呼ぶ様に、英語の「ペン。ナイフ。リュックサック。チューインガム。」等、呼び方(発音)は、変えられないモノである。人間の使う言葉は、先ず物の名前である名詞から始っている。今朝のメッセージは、先ず名詞から、象形文字の漢字で表記し、日本語で読む様にしろとの事ではないだろうか。

日本の古事記にも、「一言主神」と言う名の神が存在し、「吾は悪事も一言、善事も一言、言い離つ神。葛城の一言主の大神なり」と「雄略天皇」に告げたと載っている。そして、其の「一言主神」は、鏡に映した様に、人間と同じ装いをしていたと言う事である。其れは、今朝のメッセージの映像に、私の衣類が現れた事と、関係が有るのかも知れない。

其れに、神社の鳥居の前に置かれている高麗獅子も、左側(神側からは右手)に置かれている物は「ユニコーン。獬豸・カイチ」で、言葉を間違った者を刺し殺す、裁判の神獣である。

其れ等の事を考えると、確かに、新しい「未来・時代・次元・岩戸」を開く為には、「言葉・ロゴス・logos」を正しく用いなければ成らないと謂う理・ことに成るのだろう。其れは、人間の衣類を始め、此の世界に生きる人間の生活物資の存在に、言葉を司る神の働きが関係していると言う事に成る・・・

前文はhttp://green.ap.teacup.com/20060818/

                            礒邉自適
 

五箇条の御誓文

 投稿者:自適  投稿日:2009年 9月24日(木)15時28分1秒
     五箇条の御誓文
                                                    21・9・24
其の流れと、直接に関係が有るのかどうかは判らないが、今朝のメッセージの映像には1枚の紙が現れ、其の紙には、ITで利用されている「封筒」の印が5個記されており、其の封筒の印の下には、其々の内容の違いを意味する文字が書かれていた。
そして、其の封筒の5個の印しは、仏か観音菩薩の右手が、握られている手の「爪・つめ・津目」の形にも見えた。何故かと謂うと、4つは横に並んでおり、1つは右側に縦に成っていたからである。

そして、其の封筒の中身が何であるかを考えて居ると、「ごかじょうの ごせいもん」との言葉が告げられて来た。いま其の「ごかじょうのごせいもん」をPCで検索すると、
次の様に載っている。
「五箇条の御誓文(ごかじょうのごせいもん)」とは、明治元年3月14日(1868年4月6日)に明治天皇(当時15歳)が公卿や諸侯などに示した明治政府の基本方針。正式名称は御誓文であり、以下では御誓文と表記する。

・明治新政府は発足当初から公議を標榜し、その具体的方策としての国是を模索していた。明治元年正月、福井藩出身の参与由利公正が、坂本龍馬の船中八策と似ている部分が多い議事之体大意五箇条を起案し、参与東久世通禧を通じて議定兼副総裁の岩倉具視に提出した。・・・・
・御誓文は明治天皇の勅命によって、3月13日に天皇の書道指南役であった有栖川宮幟仁親王の手で正本が揮毫され、翌3月14日、京都御所の正殿である紫宸殿で行われた天神地祇御誓祭という儀式によって示された。・・・・
・戦後、1946年(昭和21年)1月1日の昭和天皇の人間宣言で、御誓文の条文が引用されている。昭和天皇は幣原喜重郎首相がGHQに主導されて作成した草案を初めて見た際に、「これで結構だが、これまでも皇室が決して独裁的なものでなかったことを示すために、明治天皇の五箇条の御誓文を加えることはできないだろうか」と述べ、急遽GHQの許可を得て加えられることになった。天皇は後に、
「それが実は、あの詔書の一番の目的であって、神格とかそういうことは二の問題でした。(中略)民主主義を採用したのは明治大帝の思召しである。しかも神に誓われた。そうして五箇条御誓文を発して、それが基となって明治憲法ができたんで、民主主義というものは決して輸入物ではないということを示す必要が大いにあったと思います。」と 語っている。            1977年8月23日記者会見

・1946年(昭和21年)6月25日、衆議院本会議における日本国憲法案の審議の初め、当時の吉田茂首相は御誓文に言及して、
「日本の憲法は御承知のごとく五箇条の御誓文から出発したものと云ってもよいのでありますが、いわゆる五箇条の御誓文なるものは、日本の歴史、日本の国情をただ文字に現わしただけの話でありまして、御誓文の精神、それが日本国の国体であります。日本国そのものであったのであります。この御誓文を見ましても、日本国は民主主義であり、デモクラシーそのものであり、あえて君権政治とか、あるいは圧制政治の国体でなかったことは明瞭であります」と答弁した。
このように敗戦後の初期には支配層は五箇条の御誓文は民主主義の原理であると主張した。・・・          ウィキペディア辞典 からの抜粋

此の内容を読むと、今月に入ってから度々「国家」や「国体」に付いてのメッセージが有った事と、今朝のメッセージは同じ流れの内容であると言う事になる。
今朝現れた封筒が、神仏の右手の五本指であれば、其々の封筒の中身は、神仏の5本の指の働きと関係が有るのだろう。
・・「有栖川宮幟仁親王・ありすがわのみや たかひとしんのう」文化9年1月5日(1812年2月17日) - 明治19年(1886年1月24日)
・・・王政復古の大号令によって「熾仁親王・たるひと」は新政府の総裁職に就任したが、「幟仁親王・たかひと」も慶応4年2月20日(1868年3月13日)に議定に任命された。しかし政治的な役割は「熾仁親王・たるひと」に託し、自らは表立った活動をしないまま議定職の廃止を迎えた。「幟仁親王・たかひと」は政治から距離を置く代わりに、慶応4年1月17日(1868年2月10日)に神祇事務科総督に就任したのを皮切りに国家神道や国学の普及に努めた。明治4年(1871年)7月25日、家督を熾仁たるひと親王に譲り正式に隠居した後も、神道総裁や皇典講究所(國學院大學の前身)総裁などを歴任した。一方で仏教への理解も厚く、各地の名刹に書や物品を下賜している。
幟仁たかひと親王は維新以後の急速な生活様式の欧米化に対して消極的であった。すでに皇室の公式行事では洋式の大礼服を着用する事が義務付けられていたが、生涯を通じて洋装を拒んだ幟仁たかひと親王だけは特例として明治天皇から束帯での参加を許されていた。また、終生髷を切らず、西洋の薬も一切口にしなかった。ウィキペディア辞典

・「国学(こくがく)」は、日本の江戸時代中期に勃興した学問である。蘭学と並び江戸時代を代表する学問の1つである。和学・皇朝学・古学(古道学)などの別名がある。
それまでの「四書五経」をはじめとする儒教の古典や仏典の研究を中心とする学問傾向を批判し、日本独自の文化・思想、精神世界を日本の古典や古代史のなかに見出していこうとする学問である。
国学の方法論は、国学者が批判の対象とした伊藤仁斎の古義学や荻生徂徠の古文辞学の方法から大きな影響を受けている。儒教道徳、仏教道徳などが人間らしい感情を押し殺すことを否定し、人間のありのままの感情の自然な表現を評価する。
ウィキペディア辞典


・・何故、私が好きで愛用して、使い古されている上着と、シャツと、ズボンが出て来たのかを考えていたら、次の文章の中に「喜・キィ」と成る言葉が有る。
其れは、幟仁親王が「・・生涯を通じて洋装を拒んだ・・・」との一文である。其の「幟仁親王」の気持ちから察すると、「喜勇市」の名前は「勇気を持って 日本の衣服の文化を 市に出して 喜べ」との意味を、伝えて来ているのではないかと想われる。

全文は http://green.ap.teacup.com/20060818/1282.html
 

 国家の指針を立てる

 投稿者:礒邉自適  投稿日:2009年 8月23日(日)16時59分20秒
       国家の指針を立てる
                         21・8・23
本日、8月23日の日付での思い出は次ぎの様なものが有る。1997年の8月23日に宝船がビジョンに現れて、その宝船の後を付けて行くと、大きな木が生えている所に到着した。其の木は、後に、実在する物であり「素戔鳴尊」が自分で植えた木である事が判ったのである。其れから、13年が経過している事に成る。其の、宝船に乗って居た女神が弁才天ではなく、1昨日現れた財宝や名誉を与える「大吉祥天女・ラクシュミー」であれば、いよいよ其の大吉祥天女の動きが、始まるのかも知れない。
「宝船」http://green.ap.teacup.com/20060818/110.html
「木の霊」http://moon.ap.teacup.com/20060615/42.html

・・「軍隊ではない」との言葉は、昔の政(まつりごと)である「右大臣」の立場を、意味しているのであろう。右大臣とは、スメラミコトの右手に控える大臣の名であり、戦争と葬式の掛りであり、戦争と葬式の時だけ上座とされる役職である。其れ以外の時は、左側の左大臣が上座とされるのである。だから今朝のメッセージは、右大臣ではなく左大臣の役割に付いて、告げて来ているのであろう。

左大臣は、現在の「防衛庁・軍隊」と「検察庁・警察」を除いた、他の役所を総合的に管理する役割で、特に「宮内庁」「司法省」「文化庁」「文部省」「財務省」等の、統括をする席を意味しているだろう。

・・其の日付を、私の誕生に当て嵌めると、8月23日は15週目の105日であり、11月1日は25週目の175日である。そして、受精が固定した6月10日には、太陽からメッセージが届いている。(29・5日×9ヶ月=265・5日)
ITで検索すると、15週目から、胎児に直接煙草のニコチン等が影響する様に成ると有り、25週目には手も出来ており、耳も聞こえる様に成っているらしい。其れに、僅か33日目には、勾玉の目の部分にレンズが出来ているらしい。
其れに、今日気付いた事は、エジプトの「生命の鍵」を意味する「アンク」の印は、漢字の「子」の象形と同じ物であり、文化の源流が同じモノである理が理解される。
「進化・人間の身体」http://www.smn.co.jp/takano/taiji.html

其れ等の事柄を考えると、新しい国家の理念には、生命の神秘や環境に付いての事柄を中心に据えて、組み立てて行かなければ成らない事に成る。其の様に考えると、国家の理念を考えるには、現在の国家公務員をメンバーに入れても駄目だと言う事になり、各分野の専門家を召集する必要が有ると言うことに成る。
「公人招来」http://green.ap.teacup.com/20060818/971.html

・・日本語の「神・かみ」の概念は、「目に見えない 蔭のはたらき」の意味である。正に、其の神・働きが、誰の意識にも認識できる、新しき御世が、目の前に迫っているのであろう。
何れにしても「国家の指針を立てる」等の事は、私一人で出来る事ではないので、日本の伝統である「惟神霊幸倍比坐世 (かんながらたまちはえませ)」で「道・タオ」に身を任せて行くしかないであろう。・・
全文 http://green.ap.teacup.com/20060818/1249.html

http://www17.ocn.ne.jp/~yjj/

 

朕・チン 

 投稿者:礒邉自適  投稿日:2009年 7月14日(火)13時44分30秒
        朕・チン

                       21・7・10

「朕」は「舟+跡+両手」の組み合わせで、音符の「チン」は、上に向かって物を押し上げるの意味。船を上流に向かっておしあげるとき航跡をえがくさまから、しろし・あとの意味を表わす。借りて、われ、天子の自称の意味を表す。
「字義」①われ。ア昔、一般に、自分をいう。イ天子の自称。秦の始皇帝以来、天子の自称のことばとなった。②きざし。また、しるし。あと。兆候。

此の朕の漢字は、勝の文字と同類である。「勝」の漢字は「舟+両手+力」の組み合わせで、字義は「川の流れに逆らって 両手で舟を押し上げて行く力」で、流れに勝つの意味である。其れと反対の言葉である勝負の「負」は、背景に財産や地位をかざして、言・モノを云う人の意味である。

其の「勝負・ショウブ・かちまけ」の言葉の意味からも、今朝のメッセージで告げられて来た「朕・チン」の言葉の意味は大きい。
どうやら「朕」の言葉は、始皇帝と関係しているので、地位や財力を持っている皇帝の姿を連想するが、本来の意味には「地位・権力・財産・城」などには関係がなく、もっと大きなモノが対象と成っている様である。

其れは、此の三次元的な現実世界で、物を得る「朕・われ」ではなく、大きな宇宙的要素を抱えている様である。其れは、宇宙の進化である森羅万象の流転の中で、古い情報を押し除けて、未来空間に新しい芽を出して行く事なのではないだろうか。
其の様に考えると、私が1984年6月4日(旧暦5月5日)に此の神の世界に入って、神・天に告げられた「事象の特異点」と「新しい神の座標軸」との言葉の意味も、理解できると謂うものである。

其れは、此の我々の住む現象世界は、過去の情報で成り立っているモノ・現象であり、今と言う次元を「護る・保持する」為には役に立っているが、宇宙が進化する為には「邪魔・殻」と成っているモノなのである。だから、宇宙の回転運動の法則である「一輪廻・2666年」の周期で、誰かが内側から、其のトキの「壁・古い情報」を突き薮って、外に出る必要が有るのだ。
「見えてきた座標軸」http://moon.ap.teacup.com/20061108/413.html

其れが、今から凡そ2600年前の時代を生きた、中国・老子(智慧)、インド・釈迦(悟り)、日本・神武(政治)、ギリシャ・ピタゴラス(数学・音楽・科学)等の役割だったのである。其の役割の人物が、2666年の節目で今必要とされて来ているのである。
全文http://green.ap.teacup.com/20060818/1202.html

http://www17.ocn.ne.jp/~yjj/

 

視覚と聴覚

 投稿者:礒邉自適  投稿日:2009年 7月 5日(日)17時00分33秒
      視覚と聴覚
                                                   21・7・5

日本の諺・ことわざに「他人の噂も75日」と有る。其れは、75日経てば人々の噂話は消えてしまう理・ことを意味している。其の諺の意味を考えると、人間の脳は絶えず新しい情報を求めているので、新しい話題に接触すれば、其の話題が上書きされるので、前の情報は下の方に隠れて行く理・ことを意味していることになる。

其れに、PCと違って、人間の細胞は3ヶ月で入れ代わっているとの理・ことなので、当然、脳細胞も3ヶ月で入れ換わるから、過去の記憶も90日で消えてしまうのであろう。
だから90日間、以前の話題・情報に触れなければ、過去の記憶は脳から自動的に外れてしまうのである。其れが、人間が過去の出来事を忘れられる能力なのである。しかし、75日間内に、過去の話題が持ち上がって記憶が蘇ってしまうと、再び脳に新しく記憶され、また消去が90日間延長される事に成るのである。

其の過去の情報は、言葉や、人間の相手だけではなく、音楽や写真、其れに身に付ける装飾品や家財道具までが、過去・昨日までの情報を伝える存在なのである。

其れに、夜寝る事で忘れて居た自分の記憶は、朝目覚めた部屋の有り様から復活し、歯磨きをする行為や、鏡で自分の顔を見る事で、自分の日常を確認し、昨日の続きを始める事に成るのである。だから、人間は、朝起きた瞬間から、昨日の続きの人間を創り上げて生きている事に成る。

だからこそ、インドの釈迦牟尼仏は「出家」を薦め、イエスキリストは仕事や親兄弟を捨てて、自分に付いて来る様に謂ったのである。其れは、過去の情報・因縁を断ち切る為なのである。其れと同じ目的で、日本では古くから禊ぎ祓いの儀式や、山にお籠りする風習が伝え続けられて来たのである。

其れは、人間が「一家」を形成する事を止め、「大家」からも離れ、「国家」の権力からも離脱する事である。其れが、釈迦牟尼仏の下に参加する事であり、宇宙の「法・ダルマ・真理」を会得する手段であるのだ。其れが、仏教で云われている「小乗」であり、小乗でなければ悟る事が出来ないのである。・・・・・・
全文http://green.ap.teacup.com/20060818/1197.html

http://www17.ocn.ne.jp/~yjj/

 

食国の政(おすくにのまつりごと)

 投稿者:礒邉自適  投稿日:2009年 6月 6日(土)17時11分47秒
   食国の政(おすくにのまつりごと)
                       21・6・6
今朝のメッセージの映像は、昨日の「祭・まつり」のテーマに続くものの様である。
今朝の映像の場面は、色々様々な食べ物が盛られた食器が、幾つも映し出されて来た。其れは、人間が食べる物であるが、神々にも御供えされる物でもある事が理解された。
今朝の映像は其れだけで、他には言葉が聞こえず、文字も現れなかったので、食べ物の世界に付いて考えれば良いのであろう。

先ず、「まつり」の漢字を調べると、「祭・祀・祠・奠・禋」の漢字が有る。
「祭・サイ」は「示+又+肉」の組み合わせで、いけにえの肉を手で神にささげる、まつるの意味を表わす。甲骨文は、血のしたたるいけにえを、手でささげる形にかたどる。
字義 まつる。神や先祖を、物を供えてまつる。また、まつり。(祭祀)
国語・記念-祝賀などの為に行う行事。(港祭)

「祀・シ・ジ」は「示+巳」の組み合わせで、音符の巳は、神としてのへびの象形。
蛇を祭るの意味を表わす。
字義 1、まつる。神としてまつる。また、祭り。(祭祀)2、とし。(年)殷代は祀。夏代は歳。周代は年といった。

「祠・シ・ジ」は「示+司」の組み合わせで、示は神事に関することを示す。音符の司は、神意をことばによって察知するとの意味。春の祭りの意味を表わす。春には牧畜に支障をきたさないように、いけにえを用いず、のりとを主としたからという。
字義 1、ほこら。やしろ。神を祭っている所。(祠堂)2、まつり。春のまつり。3.まつる。ア神を祭る。イ願いのかなった札として祭る。4、おたまや。先祖の霊を祭ってある所。5、ことば。誓いのことば。また、祭りのことば。

「奠・テン・デン」は「西+一」の組み合わせで、西は酒の意味。一は台を示す。神に酒を供えてまつるの意味。
字義 1、まつる。神仏に物を供えて祭る。2、すすめる(薦)。そなえる。神仏に物を供える。またその供え物(香奠・コウデン)。3、置く。すえおく。安置する。4、さだめる。位置を決める。決定する。

「禋・イン・エン」は「示+垔」の組み合わせで、音符の垔・インは、けむりの意味。火をたき煙りをあげてまつるの意味を表わす。
字義まつる。身を清めて祭る。誠意をこめて祭る。

是等の文字の意味からすると、古代中国の風習や文化の様子が見えて来る。其の風習を簡単に言うと、「祭」は、肉を神に供える。「祀」は、神は蛇である。「祠」は、言葉・祝詞をあげる。「奠」は酒を神に供える。「禋」は、煙りを神に供える。との人間の行為を示している。

其の風習が、現在日本に伝わってどうなっているかと謂うと、
「祭」の肉は、魚や穀物や野菜・果物に代っている。
「祀」の蛇は、大山祇神・海神・大己貴(おおなむち)・大物主の名前が付いているモノであり、十五夜の綱引きの綱であり、祖母山の神木に巻き付く大蛇として、現代でも姿を留めている。
「祠」の言葉は、祝詞であり、御札・絵馬・七夕の短冊である。
「奠」の酒は、今でも同じである。
「禋」の煙は、儀式で蝋燭を立てる事や、山岳信仰の護摩焚きとして残っている。

此の5文字の「まつり」の意味からすると、神とは「祀」の文字で示されている様に、「巳・蛇」だけであり、獅子(ライオン)や、虎・狐・熊・鹿・馬・牛・山羊・亀・鯨・鶴・鷹・隼・等は対象ではない。其れに、太陽・月・星・星座等の天体の存在も関係がない。其れを考えると、古代中国でも、マヤ文化やアステカ文化と同じく、「蛇・巳・大蛇」が信仰の対象であった理・ことが解かる。其の大蛇が、龍神と成り皇帝の守護神とされたのである。

其れ等は、キリスト教の「イエスキリスト」や、イスラム教の「マホメット」や、仏教の「釈迦牟尼佛」や、道教の「老子」や、儒教の「孔子」や、日本の「天皇」等の、人間を祭る事ではない。

日本の「まつり」の源語は「まつはる(纏わる)」「まつろふ・(従う)」であり、自分の身体に巻き付いて来る気配の何者かに対するモノである。其の原形は、京都の「下・上加茂神社」の祭神「賀茂別雷大神・かもわけいかづちのおおかみ」に有るらしい。其れは、自分の身体に巻き付いて来る「雷・いかづち(電磁気作用)」の存在である。・・・

日本の神社の祭りでは、「直会・なおらい」と言って、神事・儀式で神に捧げた酒や供物を、拝殿で飲食する風習が有り、宮崎の高千穂や、熊本の山都町では、夜通しで33番のお神楽が行われている。其れは、神々と人間の「直会・コミュニケーション」の有り様を、現在まで伝えているモノ・文化である。・・・
全文は http://green.ap.teacup.com/20060818/1168.html

                  平成21年6月6日3時33分

                          礒邉自適

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ハピ-ナウ・今が幸せ

 投稿者:礒邉自適  投稿日:2009年 5月29日(金)13時32分17秒
     ハピ-ナウ・今が幸せ
                      平成21年5月29日

・・・「ハピナウ。ヘピナウ。」が「ハッピーナウ」であれば、「ナウ・now」は英語では「今・いま」との意味が有るので、「ハッピーナウ」は「今が幸せ」「現在が幸福」との意味に成り、目出度い事であると言うことに成る。・・・

・・・其れは、死ぬ瞬間に生きて居た間の情報を、巻き戻しを掛ける為に、走馬灯で見るのではなく、生きている間に、此の世の意識の「垢・カルマ・業」を消してしまう理・ことを意味しているのかも知れない。
其の様に考えると、日本の神道で行われる「禊ぎ祓い」の方法は、1番理に適っていることに成る。・・・・・・・
全文は http://green.ap.teacup.com/20060818/1158.html


                                                   礒邉自適

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道場

 投稿者:礒 邉 自 適  投稿日:2009年 4月27日(月)14時45分38秒
     道場
                         21・4・27

日本文化の特徴は、世界文化遺産に登録された多くの寺院や城でも判る様に、西洋の石文化と違って木造建築が特徴である。今朝のメッセージは、其れ等の木造文化や建築技術を、後世にまで伝えろとの理・ことではないだろうか。

其れと、文字が刻まれたコインの意味を考えると、物と人間の意識の有り様に触れて来ている様である。
漢字の「文・ブン」の文字は、日本語で「こころのあや・文」と使う様に、人間の「心・おもい」に関係している。漢字の「文」は、人の胸に刺青をしている象形で、人間が自分の1番大事な想いを胸に刻むの意味である。其の、胸に刺青をする風習が日本に伝わっている証拠が、福岡に有る「宗像大社」の「宗像・むなかた」である。
「宗像」とは「胸形・胸絵・むなかた」の意味であり、胸に刺青をする風習を持つ海渡族が、宗像地方に住んで勢力を拡大した証拠が、宗像地方に存在する宗像神社と多くの古墳群なのである。

其の「文・あや」の風習が、織物の発達で布に絵柄を織り込める様に成ったので、「糸」を加えて「紋・モン」の文字が創られ、胸に刺青をして意識を安定させていた風習が、布に絵柄を織り込む事に代ったのである。そして、其の技術で、血筋を区別する家の柄の「家紋」が生まれたのである。だから、紋付の着物や、建物の軒壁に描かれている家紋は、胸の刺青が元に成って発展した物なのである。

其れに、「言葉」の「言・ゲン」は「辛+口」の組合せで、「辛・シン」は墨壺の着いた刺青を彫る針の象形で、「口・コウ」は人間の口から出る言葉の意味だから、言の漢字の字義は「刺青された言葉」の意味である。

其れと、同じ様な物が、神社の拝殿に張られた縄に付けられている、「切り絵・彫絵」である。其の、神社の拝殿に張り巡らされている「切り絵・彫絵」は、漢字が農村まで普及していない時代に、現在の文字の代りに、願い事を絵にして神に奉納した物なのであろう。其の手法は、現在の七夕の短冊や、神社で奉納する絵馬と同じ意味を持ち、人間の意識を、物の形で神の世界に送り付ける事なのである。
其れは、現在の文字が書かれた御札より、情報の扱いとしては効果が有るのである。
「新しき概念を設定する」http://green.ap.teacup.com/20060818/158.html

今朝のメッセージは、此の人間が暮らしている現実社会こそが道場であり、此の現実世界を離れてしまえば、神の働きを人間が支える事には、成らないとの理・ことではないだろうか。
「仕事」の単語は「仕える事」の意味である。其の仕事が、神の世界に仕える事ではなく、人間が創り出した金儲けの世界に仕える事に成ってしまえば、此の世界を存在せしめている神の存在は、置いてきぼりにされてしまう事に成る。

其れは、古代の人々が、日常の暮らし向きを、神様と共にしていたのは、大きく掛け離れてしまっている。古代の人々の価値観の中には、金儲けの意識は無い。神とは、人間に衣食住と健康と平和を与えてくれるモノであり、金儲けの手助けをしてくれるモノではなかったのである。だから、神社の切り絵・彫絵には、大判小判の彫絵はないのである。

「道場」の、「道」の漢字は「行+首」の組合せで、自分と違うデザインを持っている者を征伐し、其の首を手に下げて、行く道を清めるの意味である。
「場・ジョウ」は「土+易」の組合せで、音符の「易」は、日があがるの意味。あがる太陽を祭る きよめられた土地の意味。から、「神を祭るために 掃き清められた地」の意味。と 漢語林には載っている。

此の字義からすると、道場とは、両文字とも「清める」との意味なので、「道場」とは先ず「ステージ・フィールド」を清める事から始めなければ成らないと言う事に成る。・・

全文  http://green.ap.teacup.com/20060818/1122.html

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